2024.05.14
クタクタに疲れた仕入れが終わり車を駐車場に止め、真っ直ぐに家に帰ればいいものを、最寄りのコンビニに寄り絶対に食べきれないであろう、お菓子やら饅頭やらアイスを買う。
あークタクタなのだ。仕入れで思考能力は落ち、決断力も使い果たし、体力的にも限界なのでとりあえず「ま、いいか」の多めな買い物をしてしまう。
ちょっと反省しつつ家路を急ぐ。
途中どこかの一軒の家から夕飯を作る匂いと音がする。いいな。おそらく煮魚だろう。
などと考えていたらふと線香の匂いも混じっていた。その瞬間、心の隅っこがクチュっとした。
何か。懐かしい何かが心の隅っこをクチュっとしたのだ。懐かしさと刹那さが心の中に広がっていく。歩みをゆるめる。なんだか泣きそうである。記憶をたどる。
私が中2の時に亡くなった祖母か。
小学校に上がる前、家の諸事情で私は暫く大倉山の祖父母の家で暮らしていた。
当時、私は母をママと呼び、祖母をお母さんと呼んでいた。祖母は作法になかなか厳しい人だった。魚が食べられない私に、祖母は毎日夕飯に魚をだすのであった。そして綺麗に食べられるように祖母の指導が入るのだ。正直、面倒くさかった。
しかし、祖母が作る煮魚はほんとうに美味しい。今だに魚は綺麗に食べられないのだけど、魚は大好きになった。
そして、夕飯を食べる前に祖父は、仏様たちに線香をあげてチーンとやるので私は祖父の隣で手を合わるのが日課だった。
そうこうしているうちに夕飯はでき、食卓へと運び3人と一匹(マルチーズを飼っていた)で線香の匂いの中、居間で夕飯を食べるのだった。
祖母は私が寂しくならないように、いろいろなところに連れて行ってくれた。そういえば、宝塚歌劇団にも連れていかれた。その日は立ち見席しか残っていなかったらしく通路の階段に座って観たのである。子供の私にみんな優しくて観やすい位置を空けていただいた。私だけ観やすいところに移動し、祖母は後ろで観ていた。初めてみる舞台、演劇というものに魅了されたもんだ。
今思うと祖母が観に行きたかっただけなのかもしれない。なぜか。それは出待ちに付き合わされたからだ。面白い祖母でもあった。
ちなみに演目は「ベルサイユの薔薇」だった。
その後、私は宝塚歌劇団に特に夢中になることもなく過ごし「ベルサイユの薔薇」は全巻買って貰った。
話がそれてしまった。
煮魚と線香の匂い。
それは祖父母を思い出す大切な匂いなのだね。
祖父母が大好きだった。
陽当たりがあまり良くなく、でも縁側があり林のような庭もあり、洋間と呼ばれていた部屋の出窓からその木漏れ日が入ってくる。玄関にあった大きな水槽にはキラキラした小さな熱帯魚がたくさん泳いでいて、そしていつも線香の匂いがする祖父母の家がとても大好きだった。もう50年以上前の思い出は匂いと共にある。
家に行きたいな。
と思うけどもう祖父母の家は既になく、今そこにはマンションが建っている。

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