2025.03.10
おそらく私の年齢だと、今3回目の古着ブームだと思う。
1回目は私が高校生、16,17歳ぐらいの時だった。ライブハウスに入り浸り、中古レコード屋にも入り浸り、当時、年上の友人がほとんどだったから未成年にも関わらず、年上の友人たちに連れられて音楽仲間が集まるバーにまで出入りしていた。そんなんだから、当然親には叱られる。その度に家出をする。なんとも不良極まりない可愛げがない少女だった。
田舎娘には東京は憧れの地。キラキラの場所だった。年上の友人達はみんな社会人だったから東京に行ってはライブをしたり、観たり、レコードを買ったり羨ましかった。
ある日、友人の1人から東京土産だと渡されたTシャツ。衝撃だった。見たことがないプリント、質感。嗅いだことがない匂い。US物の古着のTシャツだった。田舎に住む少女は宝物を見つけてきてくれたぐらいの気持ちになったのだった。それが、私と古着の出逢いだ。
それから数ヶ月後には我が田舎町にも、古着屋ができ始め、そうは言っても、当時2軒しかなかったけどね。その内の1軒は、学校の近くにあったから下校時には必ず寄るし、学校をサボった日も容赦なく顔を出していた。そこで、中華屋でもらったバイト代でロボットの総柄のアロハシャツを買った。ボディはクリーム色でレーヨン素材。自分のお金で初めて買った古着だった。
それを着た私はロボット柄のアロハにウキウキして、今思うとデートだったのだろう。同い年の男子との待ち合わせ場所に向かった。きっとかっこいいって言ってくれるだろう。そうしたら、今日あの古着屋に連れて行こうと思っていた。が、ロボット柄のアロハは同い年の男子をガッカリさせたようだった。
「変な服だね」それが感想だった。
それきり会わなくなった。自分を否定された気がしたから。今思うと、当時そんな服を着てくる女子はいなかったんだろう。大概、女子は女子「らしい」格好をしていたもの。誰も悪くない。彼も私もね。
古着屋に行く頻度が増えるに連れて、オーナーからいろいろ教えてもらう機会も増えて、古着の知識や、陳列の仕方、ディスプレイまで教えて貰う。ある日、オーナーが別のタイプの古着屋を出す事になり、店番を時々任される事になった。最初は2,3時間。半日になり、一日中になり、土日を月一回になり、毎週になっていき、まだ高校生の私にこの店を任せたいとなった。嬉しかったけど断った。
入り浸っていたライブハウスの手伝いもあったし、入り浸っていた中古レコード屋の20歳以上年上のてっちゃんが仕入れや、病院に行く日には店番もあったりで、忙しかったのだ。
それにまだ高校生の私に店を任せようとしているオーナーに不信感を持った。ちゃんとした大人なら、そこは学業優先にしなさいだよなと、不良娘ながらに思ったのだった。
そんな感じで私の古着人生(大袈裟)の幕開けでございます。
たぶん次回に続く。続かないかもしれない。

コメントを残す